区役所に戻ると、子ども家庭課が少しざわついていた。そして最初についた役に立たない係員と、ショートボブで黒いスーツを着ている女性がパソコンの画面を覗いていた。
私達が椅子に座ると、黒スーツの女性がパソコンから視線を上げる。そして私と少女を何度か見て、少女に視線を固定する。
「ただいま戻りました」
係員が他の係員に挨拶をする。何故か役に立たない係員を無視する。
「お帰りなさい。その顔じゃ、収穫無しね」
「諸井ゆきさんのお母さんが働いていた店はもう閉店してました」
「歌舞伎町のお店でしょ? よくある、よくある。お疲れ」
「はぁ……。ゆきさんのお母さんの住民票、どこにあるのかしら」
すると少女が少し大きな声で言った。
「じゅうみんひょうってないの。ママ、ないの」
そして私の方に向いて、悲しそうな目で訴えた。
「まつり、じゅうみんひょうってそんなにたいせつなの? おじさんもじゅうみんひょうないのかっていってた。けんこうほけんしょうはないのかって。でもママ、ないっていってた。だからびょういん、いっかいしかかかれなかった」
「住民票も健康保険証も大切よ。みんな持っているし」
「みんなもっていないよ。もってないひともたくさんいるよ」
「そ、そうか……そうね、ごめん」
すると、パソコンを見ていた黒スーツ姿の女性が話しかけてきた。
「こんにちは。諸井ゆきさん、それと四季祭さん。私は警視庁の少年育成課福祉犯第三係の黒田です」
黒スーツ女性が身分証明書を見せてくれた。そこには黒田ひかりと書かれている。黒い、ひかり。名前が少し面白い。
「まつり。けいしちょうってなに?」
「え……」
警察だよ、と答えようと思ったが、少女は警察が苦手なのを思い出した。
「警察ですよ」
そう黒スーツが言うと、少女はがたんっと席を立った。そして私の腕を掴む。
「まつり、けいさつ、わるいひとだよ。にげなきゃ」
「大丈夫、ゆきちゃん。この人はゆきちゃんを守るために来たんだよ」
本当かどうか分からない。
しかし警察の前で挙動不審な行動を取るのもいけない。ここは安心させなければならない。
「まつり、にげなきゃ」
「大丈夫。もう逃げなくていいんだよ。誰も追いかけてこないからね。そうですよね、黒田さん」
「そうですね。私はゆきちゃんを守るために来たんですよ」
「まもる……?」
少女は暗い瞳で私を見上げた。
■続く