私達は私服警官の覆面パトカーに乗り、練馬へと向かった。
「ゆきさんはどうやって練馬から新宿まで来たのですか?」
警察官が聞くと、窓の外を食い入るように見ていた少女がはっとし、運転席を見る。危険な場所へ来ているのに、緊張を解してしまい、失敗してしまった、といった表情をする。
「ねりまからかぶきちょうまで、あるいてきた」
「そうなの。長かったね」
「たまによる、ママとあるいてかえった。タクシーはたかいからってママが言ってた」
「確かにタクシーじゃ高いね。練馬駅に着きましたよ、ゆきさん。ここからどっちのほうかな?」
「あっち」
少女は練馬区役所の裏側を指した。
「こっちね」
練馬区役所の裏側をゆっくり走らせていると、少女がアパートを指した。
「ここ」
「そう」
少女が降りると、警察官、新宿区役所の係員、私の順番で車から降りた。
「ここ」
アパートの一室を少女が指す。
その入口にあるポストには、沢山の紙類が挟まっていた。
少女がベルを鳴らす。
部屋の中からピンポーンと音が鳴るが、誰も出て来ない。
「留守でしょうか」
私が言った。
「いや……これは」
係員が呟く。
「夜逃げかしらね」
警察官がポストの紙をじっと見ながら言う。
「よにげ」
少女が頷きながら繰り返す。
「夜逃げって……もうそのおじさん夫婦はここにいないってことですか?」
私が警察官を見ながら言った。
「ええ。ポストに催促状ばかり挟まっているわ。もうここには住んでない」
「大家さんは……」
私がそこまで言った時、一人の老人がアパートの端からこちらを見ているのに気付いた。
私がお辞儀をすると、老人はすたすたと歩いて近寄ってきた。
「この部屋はもう誰も住んでいないよ。途中でね、稼いでいた女が亡くなってね、家賃が払えなくなったんだ」
「その女性について知りたいのですが」
私が静かに聞いた。
「あたしは知らないよ。アパートの前に貼っておいた店子募集の紙を見て来たやつらだったよ。契約書に書かれていた携帯番号も通じない。幽霊みたいにある日突然、居なくなったのさ」
「でもお子さんは中学校に通っていたんですよね」
「中学校? まさか? あの男の子はよく父親と一緒にどこかへと毎日向かっていたよ。でもね、少なくとも中学の方向じゃない。学生服は着てたけど、この周辺の中学でも、私立中学のでもない制服さ」
「ゆうき、ちゅうがっこうへいってた!」
少女が老人に訴えた。
「あら、あいつらと一緒に一時期住んでいた子じゃないか。もう母ちゃんは亡くなったんだろ? 働いて独立しな」
「がっこういく。じゅうみんひょうひつよう」
「住民票とか馬鹿言うんじゃないよ。そもそも身分証明書をあんたたち親子は持っていなかったじゃないか。あの夫婦の証明書は偽装だし、踏んだり蹴ったりだよ」
「もってない……がっこういけない?」
少女が区役所の係員へと振り向く。
「なんとか行けるように手続きしましょう」
「良かったじゃないか。あんただけでも学校へ行くんだよ」
老人は頷きながら少女を見た。
「区役所に戻りましょうか」
係員が残念そうに言った。
私達は頷き、車に乗って新宿区役所へと戻って行った。
■続く