車に乗り込むと、いつも無口な少女が私に話しかけてきた。
「まつり、がっこう、いける?」
「行けるように私は手続きをするよ」
少女は少し頬を染めた。喜んでいるようだ。
「区役所はもう閉まってしまうので、あとは月曜日になりますね。早めに手続きをして少しでも通学が出来るようにしましょう。ゆきさんは無戸籍で両親がいませんし、親戚の方もいないようですから、手続きをどんどん進めてしまいましょう」
「ありがとうございます。ゆきちゃんはそれまでうちで勉強を教えておきます」
「まつりさんは負担になりませんか? 児童養護施設に入所するという方法もありますよ」
「別になりません。私が出張の時はベビーシッターを雇いますし、仕事が始まったら家庭教師をつけさせようと考えています」
「そうですか」
そこで車を運転していた警察官がバックミラー越しに私を見た。
「まつりさん。もう少しゆきさんのお話を伺いたいのですが……警視庁までご同行願いますか?」
「ゆきちゃん、警視庁まで付き合ってって、お姉さんが言ってるよ。どうする?」
「つかまえない?」
「うん、ゆきちゃんは保護の対象だからね」
「なら、いく」
「ではちょっとお時間をお借りしますね。まずは新宿区役所に寄って、それから警視庁へ向かいましょう」
新宿区役所に着いた車は係員を降ろし、また出発した。
「ちょっとお時間掛かります」
「はい」
車の中で黙っているのも暇なので、私は少女に質問した。
「ゆきちゃんは練馬から歩いて歌舞伎町へ来たけど、いつもはどうしてたの?」
「ママがおみせとけいやくしているときはボーイさんがむかえにきてくれた。あとはでんしゃできた」
「後で本屋さんに行くけど、どういう本が欲しいかな? 漢字の本とか、算数の本とか……」
「かんじ! がっこうへいくの?」
少女は黒い瞳を輝かせながら私を見た。
「中学校は三ヶ月しか通えないけど、今はフリースクールも塾も通信教育も家庭教師もあるし、家庭教師を探したり、本を読んで勉強して……高校は行けるかな?」
「大学検定試験を受けて、大学へ行く方法もありますよ」
警察官が話しかけてきた。
「だいがくけんていしけん……まつり、だいがくってなに?」
「小学校、中学校、高校、大学……中学校の上の上だよ」
「こうこうは?」
「うーん、高校に行けるようになるかな。どこか、高校も通えるように探してみようか」
「がっこう……たくさんあるんだね」
少女は黒い瞳をきらきらと輝かせた。