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漫画見本 作 藤間紫苑 画 江川広実

レズビアン♀セックス2017

レズビアン♀セックス2017

小説 藤間紫苑

『百合の扉』

新宿二丁目にある小さなビルの三階にウィメンズオンリーバー「ウラヌス・バー」はあった。私は扉を見ながら入るのを躊躇する。私の人生が一つ変わる予感。いや、ただのウィメンズオンリーバーに入ったからといって人生が薔薇色になるわけじゃない。それぐらい私だって知っている。
でも……。
もしかしたら誰かと話せるかもしれない。友達になれるかもしれない。私の人生は孤独という言葉を思い出すと辛いぐらい孤独で、今までその言葉を頭に浮かべなかった程だ。
私は勇気をもって扉を開いた。

「いらっしゃいませ!」
店の中から元気な挨拶が飛んできた。扉の前で一分程悩んでいた私の憂鬱な気分を吹き飛ばす。
女性にしては声が低めだ。ユーチューブで観るようなキャバクラホステス達の高い、媚びを含んだ声ではない。店員は二人。バーのマスターと思われるクリスティーヌ・ラガルド似の銀色短髪美女と、黒髪クールビューティーなバーテンダーがカウンターの向こう側にいる。ラガルドは黒いジャケットを着こなし、その胸元から白く豊満な胸の谷間が見える。色っぽく、出来る女特有の隙のない雰囲気を纏っている。バーテンダーはショートカットに細めな銀縁眼鏡、黒いベストと白いシャツ、黒の蝶ネクタイという姿だ。ラガルドの前にはまるでドキュメンタリー映画から飛び出してきたようなヒッピー姿の裕福そうなマダムと、その手前の席に黒のスリーピースを着たエグゼクティブ風な女が座っている。
ヒッピーマダムが両手を振り、いらっしゃーい! と私に声を掛ける。私はぺこりとお辞儀をした。そしてその手前に座るエグゼクティブ女史に私は視線を移した。
女史はにこりともせず、ただ私をじっと見つめていた。印象的な茶色の瞳。目力が強くて私は惹きつけられてしまう。目が離せない。
彼女の視線がすうっと私の瞳から外れた。そしてゆっくり私の頭の先から足元まで舐めるように見る。私は彼女の顔から視線が外せない。まるで身体中を甘い舌で舐められているようだ。性的な熱い視線を浴びたことのない私はゴクリと唾を飲んだ。
とにかく席に着かなくては。
私はエグゼクティブ女史の二つ隣に座った。そして恐るおそる女史に笑顔で挨拶をする。顔が強張った。
そんな私を見ながら彼女は美しい目許をすっと細め口角を上げ、笑った。
月華の如く輝きを放つ美しさ。しかしどこか愛らしい笑顔に私は惹きつけられた。
彼女は軽くウェーブの掛かった肩までの髪をそっと弄った。指でクルクルと巻く。そして解いた。
「ねぇ、ちょっと聞いてる?」
隣のヒッピーマダムが女史の肩を抱き、話し掛けた。彼女の視線が私から外れたところで、私はバーテンダーにカルーア・ミルクを頼んだ。
「お名前を伺っても宜しいですか?」
「え?」
私はウィメンズオンリーバーで名前を聞かれ、躊躇した。
「当店に初めていらっしゃったお客様ですね? 伝票に書くだけです。呼ばれたいお名前で結構ですので」
それなら偽名でも大丈夫だろう。
「リオです」
「リオさんですね」
バーテンダーは紙に名前を書いている。あれが伝票になるのだろう。
「ここはどういう会計システムですか?」
「チャージが千五百円、あとはお食事代金のみです」
「そうですか」
私は次に何かを話したかったが、会話が続かない。そもそもバーに来たのが初めてで、最初がこのウィメンズオンリーバーだった。少しハードルが高かっただろうか。
仕方がないので店内を見る。若いバーテンダーの隣にいるラガルド似のマスターは前に座る二人に話し掛けながら、店全体をチェックするように私を見て微笑む。ラガルドの前に座るヒッピーマダムはよく笑う。くしゃっとした皺だらけの笑顔が愛らしい。そして隣のエグゼクティブ女史によくボディタッチをする。頬にキスまでする。この二人は恋人同士なのだろうか。しかし横目で観察をすると、ラガルドの視線はヒッピーマダムにいつも注がれている。ラガルドとヒッピーマダムとエグゼクティブ女史の三角関係。そしてその関係から距離を置くクールビューティーなバーテンダー。それともなんの関係もないといった冷めた顔をしながら、バーテンダーはラガルドの恋人だったりするのだろうか。
「カルーア・ミルクです」
「ありがとう。ここはどういうカクテルがあるのですか?」
「失礼しました。こちらがメニューです。メニューにないカクテルも出来る限りお作りいたします」
私はメニューを受け取った。カウンター席が大半なのに意外と料理が多い。おでんなどもある。メニューの紙が小さく揺れている。震えた手を見ながら、私はこんなに緊張しているのかと驚いた。
カルーア・ミルクを喉に流し込む。甘くて、少し気分が落ち着いてきた。入ったばかりなのに、もう店から出たいと考えている。目の前に立つバーテンダーは話し相手になってくれそうだったが会話の内容が思い付かなかった。
あんなに来たかったゲイタウンにあるウィメンズオンリーバー。だがそこでも私は孤独だった。一人だった。子供の頃に読んだロマンス小説のようにはいかないものだと、私は無表情のまま思った。そういえば社会に出てからは小説も読んでいない。家にはテレビもない。新聞も取ってない。ロマンス小説の世界とは縁遠い生活を送っていた。バーに来るならもう少しお洒落をした方が良かっただろうか。黒無地のハイネックセーターと黒いジーンズに、黒のダッフルコートではなく、もう少し色鮮やかな服の方が明るく見えたかなと思う。アクセサリーを途中で買って着けてくればよかった。
そうすれば隣のエグゼクティブ女史も、少しは私と関係を持ってくれるだろうか。会話をしたり……肩を組んだり……頬にキスをしたり。
私はチラッと女史を見た。すると驚いたことに女史がじっと私を見ている。私は女史と目が合い真っ赤になって俯いた。こんなに格好の良い女性が私のようなつまらない女の相手などする筈がない。妄想し過ぎだ。もし彼女が私の妄想を知ったら大笑いするだろう。生活にゆとりがありそうなスリーピース姿の女史と、事務職に派遣された生活が苦しい女。このバーにだって給料を貯めて来たのだ。一杯酒を注文するだけで動悸がしてしまう。ミルク味の甘さは私の動悸を少し和らげてくれる。
それからまたチラリと女史を見た。やはり私を見ている。なんだろう、肩から糸が出ているとか、髪の毛が跳ねていて気になるとか、そういう類だろうか。見るだけではなく言葉で伝えて欲しい。
私はぐいっとカルーア・ミルクを飲み干した。少し酔いが回る。だからといって言葉が唇からすらすら出てくるわけがないのだが。
酒が無くなり、追加を頼むか悩んでいるとバーテンダーが海のように青いカクテルをすっと出してくれた。
「あまね様からリオ様へ。プレゼントでございます」
「あまねさんって、隣の方?」
「はい」
「このカクテルの名前は?」
「チャイナブルーです」
チャイナブルーか。私は天井の灯りにコリンズグラスを透かしてみる。真っ青な色は気分を晴れやかにした。
「いただきます」
私はチャイナブルーをエグゼクティブ女史に向けて、お礼をした。
「それは私の好きなカクテルなんだ。気に入って貰えるといいけど」
女史の声は少し低音で耳に響くような美しさだった。
私は少し逆上せながらカクテルを飲む。爽やかなライチの香り。
「美味しい。甘いですね。ライチリキュール?」
「そう。気に入った?」
「ええ」
女史はすっと席をずらし、隣に座ってきた。
「私はあまね。君の名は?」
「リオ」
「オリンピックの?」
仮名かどうか聞いているのだろう。
「そう。今年のオリンピックは全然観られなくて残念でした」
「私はリオまで行ってきたよ」
「本当ですか?」
「ああ。出張だけどね」
そして女史はソルティ・ドッグを舐めるようにして飲む。赤い舌と白い結晶が絡まる。
私もその結晶が舐めたいと思った。彼女の舌に乗る白い結晶は淫靡だった。つい、こくりと唾を飲んでしまう。
私は話すことを忘れ、女史の唇に魅入っていた。形が良く、ぬるっとし、ライトにキラキラ反射している。化粧は薄く、肌が綺麗だ。歳は同じぐらい、いや、私より下だろうか。そして目許にラメ入りのアイシャドー。そこまで見て、また女史が私をじっと見つめているのに気付いた。
私は何か話した方がいいのか悩みながら見つめ返した。女史の薄茶色の瞳に私が映っている。見つめ合うと本当に瞳の中に自分が映るのだなと感心した。瞳に映った私はいつもより目が大きく見える。女史がずっと私を見つめ続けているので、私も静かに彼女を見つめていた。
女史の白い頬が薄く桃色に染まる。酔っているのか……もしかしたら熱でもあるのかもしれない。私が長居させてしまったのだろうか。そんなことはないはずだ。今、出会ったばかりなのだから。長居をさせているのはむしろヒッピーマダムに違いない。
そういえば女史はヒッピーマダムの恋人ではないのだろうか。先程まで親しげに触れ合っていた二人。
チラッと女史の向こうを見ると、ヒッピーマダムはラガルドと静かに語り合っている。その誰も入れなさそうな雰囲気に、この二人は付き合っているのかもしれないと思った。マスターと客の秘めた恋。ロマンチックだ。
その時、左手の小指に何かが触れ、はっとなった。
エグゼクティブ女史の右手の小指だ。女史はそっと小指の爪で私の小指に触れてくる。骨がしっかりした白く太い指先の爪は綺麗な桜色だった。爪が綺麗に手入れされている。この指で何人の女を泣かせたのだろう、と私は妄想した。
「細いね」
「え?」
「君の指」
私は女史に比べ、手入れされていない指先を恥ずかしく思い、隠したかった。でも女史が小指で弄るので隠すに隠せない。爪の甘皮をきちんと処理しておくべきだったと後悔した。
私は小指をそっと女史の小指に重ねた。女史が嬉しそうに微笑む。私の小指と女史の小指は小さな子供達のようにじゃれあっていた。
「明日は休み?」
女史が指で私の指をなぞりながら聞いてくる。
「ええ。貴女は?」
「私も休みだ」
「……そうですか」
また会話が途切れる。こういう時はどう返答をしたらいいのだろうか。散歩やお茶に誘うとか? 会ったばかりで図々し過ぎるのではないだろうか。
私よりも私の小指は饒舌で友達作りが上手い。小指達はとても仲良くダンスをしている。
その時、小指からぞくっとした何かが脳へ走る。左肩がピクンと揺れた。
「あ……」
何だろう。甘い思い出。そうだ、この感覚は子供の頃、同級生の少女達に後ろからぎゅっと両胸を揉まれた時の感じと似ている。しかし胸と小指は全く違う場所だ。でも……。
そんなことを考えていたら、また小指から脳へ痺れるような、電流を流されたような感じがして肩が震える。
私はさすがに動揺し女史を見た。すると女史はずっと私を見ていたのか目が合った。
綺麗な強い瞳が私の躰に絡み付く。指達は幸せそうに絡まっている。まるでハネムーンを迎えているかのようだ。

同人誌へ続く